首里城の最期、ビデオ回した7時間 涙でピンぼけも

首里城の最期、ビデオ回した7時間 涙でピンぼけも

いつも見ていた首里城(那覇市)が、真っ赤な炎に包まれていった。10月31日未明。近くに住む石崎雅彦さんは、ビデオカメラで撮影を始めた。ただ見ていることしかできない。無力感に包まれながらも「首里城の最期を見届けなければ」と7時間、ビデオを回し続けた。
撮影を始めたのは火災発生から間もない午前2時52分。約300メートル離れた正殿の北側から炎が上がるのが見えた。すぐに消火できるだろうと思っていた。

 だが火はどんどん勢いを増した。正殿は壁が焼け、骨組みだけになり、やがて屋根が崩れ落ちた。火は北殿や南殿にも燃え移っていった。ビデオのピントがぼやけることもあった。カメラの画面を見ながら調整しようとしてもなかなか合わなかった。「合うわけないさ、涙だから」
 石崎さんの父は滋賀県出身。太平洋戦争で従軍し、沖縄へ来た。日本軍の司令部があった首里にもいたらしい。父は宮古島に移ったが、沖縄本島に残った部下の多くは地上戦で命を失った。父は三十三回忌までは慰霊を続けようと、首里城そばに住み始めた。そこで石崎さんは生まれ育った。https://www.asahi.com/articles/ASMC82JW8MC7TPOB003.html